8月 2013 のアーカイブ

水路掃除8.町内

2013年8月19日

毎年夏祭りの翌日、5班に分かれ町内の草刈、ゴミ拾い、水路掃除など行います。春は、農家のみが同様に作業をしますが、胡麻田地下道より東は、野中の1軒のみで旧野田のため水路掃除は行ってきませんでした。最近アパートが立ち住人が増えてきています。
以前より藻が繁殖する傾向がありましたが、今年は異常です。
 周辺地域を見て回りましたが、これほどの所はありませんでした。たとえば、能登川用水を岡山駅近くまで見てもアマモ様藻は多くあってもマツモ(金魚藻)は見当たりません。その北の観音寺用水もある町内で一部マツモ、ゴミが滞留していました。笹ケ瀬川を渡った久米地区でも一部アマモ様藻が着生している程度でした。笹が瀬川の浅瀬には両方の藻が見かけられました。
 東のバイパス水路が10日ほど前より護岸工事のため堰き止められていることが分りました。水の流れを改めて見ると新幹線基地の下を通って、能登川用水を取水する数カ所あります。一番東は堀川書店当たりより木材加工場で、この水は、東からの細い水路と合流し西と、南の水路に堰き止められている水路と繋がっています。堰き止められたことにより南の水路へは、北長瀬駅前まで回っての水の供給が無くなり、恰も池の状況となっているようです。市街化区域にもかかわらず下水道が整備されず、急に住宅が建ちだしていることも影響しているかも知れません。合併浄化槽のため河川への負荷は少ないはずですが。さらに、今年の異常高温も藻の生育には、最適な環境を作っているかもしれません。
 駅前地区の担当となり、10数名で作業を開始しました。例に年通り駅前水路のゴミ、藻引きが最大作業です。前もって舟で藻引きをして当日、楽かと思っていましたが、さにあらず、数倍返しとなりました。川の水を落し作業がし易いようにしているため、水は2~30cmしか残っていません。昔のように全部干上がらすと、万一火事があった場合消化用水が確保できなくなるとのことです。それでも、川舟に2名乗藻引きした所、10m、30分ほどで藻で一杯となり川底をこするようになりこの方法は諦めました。
 8時30分より11時が作業予定ですが、11時前になってやっと胡麻田地下道まで駅前水路の藻引きが終り、さらに大安寺高校を周る裏水路は諦めて東の区域の応援に出かけました。ここも10名程度で悪戦苦闘していました。中には、川に入り藻を引き上げている人もいました。道路に藻を引き上げては、回収軽トラに積んではピストン輸送です。うず高く積みあがって行きました。
継続すると熱中症で倒れる人が出る恐れがあったため途中で終了することになりました。11時をかなり過ぎていました。
図 .赤線 堰き止め個所 赤ペケ ゴミが溜まり流れが悪い 青点線 地下水路
im_0001藻

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水路掃除6.藻による浄化

2013年8月17日

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P1000806 先日の山陽新聞に理科大の先生が、岡山城の堀に菱を植えて浄化のテストしている記事と堀を埋めた菱の写真が載っていました。堀の水質は、少し改善して、この時期に菱を回収すると良いとのことでした。
 児島湖は夢の人造湖として完成しました。所が水質が悪化してワースト2に至りました。
下水道の整備、数百億かけて浚渫した結果COD8になり、フナ飯が食べられる程度になりました。これ以上綺麗にすることは栄養源の問題などで議論が分かれるところです。
 2年間大阪にいたころ、水道水が悪臭がすると大騒ぎとなり、屋上の貯水タンクで腐っているのではないかと開けて見ても異常なし、数日後の新聞に琵琶湖に原因があることがわかりました。そして、活性炭を投入したとか暫く話題となりました。児島湖は海と接続する農業用水ようですが、直接取水していないにしても京都、大阪、神戸はぞっとします。失礼。
 ところで、この過程でため池でホテイアオイによる浄化が行われたことがあります。確かに効果があったようです。その後、児島湖にホテイアオイが大量発生して異臭が発生して、回収船で根絶やしにすることに苦労したようです。今でも菱は周辺に残っています。
 この原理で、児島湖の湖面の1~5%ホテイアオイをコントールして植えて回収し資源として活用すると浄化と設備費が回収できる試算が出ました。実現には至りませんでしたが。最近藻類でもクロレラに近い藻をタンクで培養して油、ガソリンを生産する研究が盛んです。戦略的開発でもあります。日本とカルホルニアでは日射量が10倍も違い元より競争になりません。
 水路、池でも5%以下にコントロールしないと異常増殖して異臭が発生して収拾のつかない事態となります。これらの所も生物多様性が必要で太陽光線が湖底に届く必要があります。
 今日散歩していると小魚がいっぱい泳いでいました。よく見ると5cmあろうか大きな縞のある魚が泳いでいました。この大きな魚は、雷魚と思われこの当たりにも生息していたのですね。ゆったりと草陰を行ったり来たりしていました。

水路掃除5.水門管理

2013年8月16日

猛暑で1日中室内でクラーをきかして、11月のふれあいの会の昔話を作ったり、ビデオ編集の修正で過ごしたため、夕方町内の散歩をしました。この日は田に水を張る日で水路も満水状態でした。すると樋門で水門上げている所に出くわしました。今年は6月20日に田植え用の水揚げにかっていました。それ以前にポンプを使って水かきして準備に入っている田圃が多いです。5.10日ごとに樋門を開け閉めして水位を調節します。これが9月25日まで続きます。特に7月29日17時から8月4日17時まで土用干しとなっていました。これは平成25年度田植え用水日割り表から写しました。これに洪水警報などが出ると樋門の操作に出かけるそうです。
ハンドルを回して堰を上げ下手に流し水位を下げます。5分程度かかるとのことで少しハンドルを回させてもらいました。軽く回りますが、暑い中大変です。昔は、大きな板で厚い板で堰き止めていたため重労働で泣かされていたそうです。この碑門は、西川用水で北長瀬駅北水路を通って南に流れて行きます。水不足の年、地域によっては田越えの水と云い順番に上より水を張って行きます。務めをしていてもその日は、田圃に水が入ったことを確認して出勤してきます。笹ケ瀬川超えた所では、江戸時代尾上などで水争いが頻繁に起こっていたため、座主川用水をサイホンで笹ケ瀬川の下を潜らせ流すようにしました。
 町内には3人樋門を管理している人がいて、もう1人は、新幹線傍の能登川用水からの樋門の管理です。そして、そう管理の人は土木・水利委員で笹ヶ瀬川への大きな2カ所の樋門の操作・管理しています。この樋門はボタン一つで操作出来るようにないなっています。白石鉄橋の傍の樋門は新たに新設されたもので、雨水下水を児島湖までパイプで流すのでなく、ここで笹ヶ瀬川に放流する機能ももっています。もちろん大量のごみを取り除くようになっています。さらに、大雨の時監視する小屋も付属しています。子供の頃は、台風などあると決壊すると村中の人が出かけていました。江戸時代から岡山城下が洪水とならないよう笹ヶ瀬川の西の土手を低くする構造となっているため差別としてシコリが残っています。現に久米では、昨年も炊き出しをして土嚢を積んで越流を防ぎました。笹ヶ瀬川は県が管理する2級河川のため10年に1度は決壊してもおかしくない構造設計とか。それでも決壊したことが無く、旭川の岡山場付近が決壊して笹ヶ瀬川を越流したなど皮肉な歴史があります。
 写真 襟を正して写させてくださいました。
     上げる前 下が開けられないと流れがないP1070433

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水路掃除4.水の流れ

2013年8月14日

ところでこの水路は、先日警察が来た際、確認した所岡山市北長瀬となっているとのことです。所有権は当然岡山市でしょうが。
 旭川の三野あたりから西川用水から分岐し観音寺用水、能登川用水として流れてきています。ちなみに、座主川用水は同じあたりから取水し、矢坂山の北を流れ矢坂大橋の下手をサイホンにより笹が瀬川の下を通り、尾上、白石、久米、を潤しています。観音寺用水は北長瀬にも流れて来ていますが、新幹線北の野殿のポンプ場より笹ヶ瀬川に放水しています。所が、大雨で放水しなければならない市街地の水位となっても、高潮と重なったりすると笹が瀬川満水となります。久米地区は土手が低い所があり土嚢など積んで対処していましたが、土手を嵩上げしましたが、根本的解決となっていないそうです。北長瀬駅北を流れるのは主として能登川用水で町内何人かが西川用水の清掃に駆り出されます。北長瀬駅の東側の暗渠を通り駅前の下を通り、ロ-ソン当たりに出ます。舟が悪戯されて流れたときマンホールから入って探しました。中山道、今を潤しています。さらに線路を西に行くと子供の頃は15の鉄橋がありましたが今は狭い鉄橋となっています。この鉄橋は万一笹ケ瀬川が決壊したときの水抜きだったのですが、無視されたようです。西長瀬を潤しています。最近、白石鉄橋の南側にポンプ場を設置して放流できるようになりました。今、北長瀬表町、中山道、西長瀬へは、西川用水と大元駅北で分岐した今大野用水が主流のようです。
大雑把にはこのような流れですが、枝葉の流れが悪く水の滞留の原因となっています。
子供の頃、流れの良い所は水が綺麗で下も砂地となっていて泳ぐ場所は限られていました。

水路清掃3.JRと交渉

2013年8月13日

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P1070431藻が水面をほぼ覆う個所もあります。水路に鉄道側の立木、特に柳が張出し流れが悪くしゴミ、藻がたまる原因になっています。ちなみに柳は近くの人が柳の枝を収穫して売っていましが亡くなったそうです。大きな立つ木は自然に生えた?らしく、切ると電車の音が響き安眠できないとかです。沿線は、蒸気機関車に時代煤もありましたが、レールのサビで瓦が茶色くなっていました。
 北長瀬駅は開業当時倉敷駅管轄の中庄駅長となっていました。「市久会」で草刈、雑木を切るときも中庄駅長を呼んで交渉していました。ある程度綺麗になって来たため桜、アジサイなど植えたいと交渉したところ岡山駅鉄道保全係りから鉄道用地には植えてはならないと断られました。標識杭の水路側の護岸の崩れている石垣に間も許可がおりませんでした。
 ところで毎日も電車に乗らないのに中庄・庭瀬付近でよく踏切事故があり電車の遅れに遭遇します。10~15分間隔のため便利が良いのですが。ロ-カル線の吉備線の廃止の危機あり郊外電車化としてLRT路面電車の運動があります。むしろ岡山・倉敷間を高架にして欲しいものです。先日初めて水島臨港鉄道に乗りましたが、全て高架でびっくりしました。この鉄道も通勤客と貨物の減少により廃線の危機にあります。
今回も北長瀬駅に行って水路に張り出している雑木を切ってほっしいと交渉すると早速岡山駅より担当者がやってきました。胡麻田地下道より鴨田跨線橋までと云うと境界杭までで、特に岡山駅近くは担当が違い直ぐにはできないとのことでした。それでも数日すると北長瀬駅付近は草刈をしていました。所が水路側の境界杭の外は一切手付かずで目的は解決しませんでした。傾斜のある足場が悪い所が残りました。舟よりするより外なさそうです。
 水路清掃の最終日、水路に張り出している柳、雑木の枝払いしました。また、草茫々になっていたので、除草剤を散布しました。それでも大した変り映えはしません。不思議とこの当たり水路は藻が少ないです。北長瀬駅北の水路から市街地からのゴミ、藻が南に流れるためでしょうか。この先は鴨田跨線橋前に堰があり、防火用水用に貯留池となっています。各町ごとに用意されているそうですが、全く不足している町もあります。笹ヶ瀬川との間に昔15の鉄橋と呼ばれる水抜き水路がありました。これは、古くは笹ヶ瀬川もしくは旭川の流路の痕跡ではなかったかと考えています。

水路掃除2.刀拾う

2013年8月12日

翌日午後3時ごろより少し下ったところで、マツモをなるべく根より取り除くよう心がけました。スチール製の熊手で掻き揚げて行くと木切れのようなものが上がってきました。
段々となれてきて、ボートのオールのように熊手の掻き掲げる方向で僅かですが、舟が前や後ろに行くことがわかりました。
着岸して藻を端から上げていると藻の間から刃渡り50cm程の刀が出てきました。近所で安全委員をされている家で携帯を借りて西警察署に連絡すると直に2名の刑事が来てくれました。泥がついているため良く確認できませんが、柄に飾りが施さていて、よく砥いで使っていたようで刃幅は狭くなり先端は鋭利となっていました。拾い上げた状況を聞かれ写真も撮られました。
 数日して調書を取らしてほしいと自宅に来られました。柄を引き抜いて見たところ名は入っていなかったとのことです。名刀では無いようです。持ち主が分らなければ3ケ月後に戻ってくるそうです。刀は届が必要で、持っていても物騒なためやっかいなものを拾った気分です。協力の謝礼で寸志を頂きました。京都の刀工に用事についでに聞くと戻ってきたら見せてほしいと興味を持っていただきました。この方は、御津の金川で松田主従の会の玉松会でお会いして、最近岡山歴研の後南朝のシンポジュムで又お会いしました。美作菅家7流の研究家としても知られ、御醍醐天皇が挙兵した際、発起して活動した7人の武者がいて、美作の菅家と言われています。今でもオリンピックや各種競技で7位まで残ると記録に残るとのと同様でしょうか。それにしても、天皇家に関わる話題は永遠のようですね。
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水路清掃 1.携帯水没

2013年8月11日

町内の水路の掃除は春に農家組合、夏に町内会が行っています。
子供の時は川を干あげるため魚が大量に取れ、近所に配られるため楽しみでした。
今は、完全に水抜きすると万一火事があったとき消火用水が取水できないと水位がかなり下がった程度です。
土用干は、田んぼの水を抜き稲の成長がほぼ終わり土地を乾燥することにより根を張らせ実付を良くし台風などで倒れるのを予防するため行います。
7月27日より土用干に入り、町内の水路掃除は8月18日の盆踊りの翌日に行うことになっていました。
今年は間欠的に仕事?が入るため大山の別荘には行けず、子供たちを川舟に乗せた翌日より舟で朝晩涼しいとき川掃除することにしました。町内などで行う場合、長い柄の付いた鎌、4つ目様藻を取る道具で道路より川底のごみ、藻を引き上げてゆきます。
北長瀬駅水路の対岸は鉄道用地でもあり原則立ち入りできません。そのため十分できません。
初日は、昨夜大雨警報が出ていたためか水をかなり落していました。北長瀬駅付近からすると流れの下に当るため舟が流されるため上の胡麻田地下道近くから始めることとしました。
 マツモがほとんどですが、名前がよくわかりませんが、ヤナギ?藻、水中より長く葉を生やし簡単には浮草のように取れないで苦労しました。ある程度取って、マツモをすくい上げ、舟より陸に上げることにしました。マツモも僅かに根を張っているため完全には取りきれません。
舟を簡単に木に括り、藻を上げていたところバランスが崩れもんどりうって川へ落ちてしまいました。水は冷たいと云うより、ぬるま湯のようでした。この日は、前日の大雨で水位が高く、川底は滑るし簡単には上がれませんでした。やっと上がってみると反動で友綱が外れていました。
 近所のドコモに携帯電話を持って行ったのですが、内部データは破壊されていて使用不能、住所録も消えてしまっていました。幸いカードに保存データは残っていました。それでも最近保存した連絡先は消えていました。
購入時500円の保険に入っていたため、5000円で同機種に変えられるとのことで、実質1500円で交換できました。 
 デジタルカメラは、電源を入れず乾燥すると使えるとのことで又撮影しています。このカメラは、基盤の故障で写真にわずかにハレーションが入るため普通使っていませんが手軽なため持っていって写していました。万歩計も同様でした。時計は全く無事でした。
 水難の相があるのか気を付けないと思います。
8月3日に吉備津彦神社の御田植祭の翌日に御幡献納祭( 田歌を歌いながら十数本の御幡の行列が神池を一周するもので御幡の白布は帆船の帆を表現し、先端のうちわと扇は風を表している。)行、厄払いしました。
 写真 舟より落ちた現場
     清掃水路 後ろ北長瀬駅
     御幡献納祭

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