11月 2012 のアーカイブ

ダウンタウン ディズニー

2012年11月18日

ラスベガスより3時間余走りロスアンゼルスに帰ってきました。そして会員制倉庫型卸売小売のコストコに入り、まず腹ごしらえをした後、店内を散策、土産など買いました。ここでビックリしたことは、アメリカの胃袋事情です。来店者は数百kgあろうかと云う肥満症ないし病気の人です。一般市街地でも肥満の人は時々見かけましたが、ここでは圧倒的多数です。この人達の胃袋を満たす安さなのです。生鮮食品が土産にならないのが残念でした。

1時間少しでガボチャンの近くのダウンタウンディズニーに土産を買いに寄って頂きました。入場料無料でイキュシュビジョンは無く、土産店、レストランが並んでいて賑っていました。夜となるとコンサートなど行われさらの盛り上がるようです。孫がディズニーファンでシャツを選ぶのにガボチャンの奥さんにお世話になりました。帰って渡つと大喜びで一株上がりました。

夜は、大きなロブスターなどのバーベキューのご馳走で盛り上がりました。

グランドキャニオン

2012年11月16日

モニュメントバレ-より4時間ほど走りグランドキャニオンに着きました。ここは国立公園とともに世界遺産でもあります。コロラド川沿いに400km以上続く溪谷だそうで、3000m級の山頂から断層を流れる下のコロラド川が遠望できる絶景です。5回以上訪れたマッチャン夫妻の案内でサウスリムの中の3ヶ所のビューポインを選んで見ました。朝夕の日の出と日没時に赤く染まる溪谷を見るためには宿泊しなければならにとのことでした。実際、ブライスキャニオン、モニュメントバレーの赤い岩を見たばかりなので白っぽく印象が低かったです。それでも地平線の果てまで続くであろうか広大な景色は勇壮でした。高度の低い所は雨が無く砂漠ですが、高度上がるほど雷雨などが多く樹木が多くなる景観となっているとの説明です。

溪谷の隙間に少しだけコロラド川の濁って褐色の流れが見えました。ちなみにコロイドすなわち懸濁液からコロラド川の名がついたと思われます。北部の雪解け水が溪谷を削り土砂を運んでいます。一方、エジプトのナイル川同様青い水が合流するのがページの上流とのことです。

ラスベガスに帰る途中、日が暮れてフーバーダムの傍を通りました。このダムは400億トンの貯水量があり、日本の全てのダムの倍近い貯水量があり、カルフォルニア州、アリゾナ州、ロスアンゼルスなどの水を供給しています。それでも貯水が原因で地震が起きたり、灌漑用水による塩類集積が起こり問題もあります。

フーバーダムを少し降りたところ煌々と光輝くラスベガスの街並が見え始め、デニーズで夕食を済ませヒルトンに入りました。この晩は、ガボチャン夫妻は根城のパリ-ズに泊まりカジノをされたようです。

モニュメント バレー

2012年11月12日

ページのモーテルを出て砂漠を走ること1時間半で奇異な岩がポツポツ見えて来ました。それぞれ名前をつけると面白でしょう。例えばよく見るとフクロウそっくりの岩がありました。そしてマッチャンお勧めのCMにも登場したナハボランドのビューポイントに着きました。間直ぐに伸びた道の先に赤い岩が特徴的でした。そこを時たま走る車やハレーバイクは絵になります。国旗を靡かせて土産を売っていました。この辺りはナホバ族の縄張りらしく自治権も認められています。この後もビューポイントには必ず同じ様に見られ、同じ様な物を売っているのも不思議でした。

モニュメントバレーのビジターセンターでもナホバ族らしき人が管理、土産を売っていました。そして、ジョンフォード監督が西部劇の撮影始め、多くの西部の光景に出てくる赤い土の溪谷に入って行きました。舗装していないオフロードで車が踊りまくりました。赤い岩盤がせり出し、3人娘に似たスリ-シスター岩、遠くより幌馬車が走ってきて、崖の上にはインデアンが待ち受ける映画のシーンが目に浮かぶようでした。馬に乗ったカウボーイ風の演出もありました。

この旅の途中にも多くのインデアンの居留地が見られテント、この辺りではドーム型の赤土の家など部族による個性があるようです。

北長瀬市民病院新築工事

2012年11月6日

下水道工事が始まっていました。

所で、北長瀬駅南の公園の公聴会が開かれています。各種意見があり、チボリで挫折して未だに決まりません。勿体ない話です。

セリトス市公園の様に芝生一面と噴水がスッキリして、良いし皆が楽しめるでしょうにね。噴水とすると水が浄化され川の水も綺麗になるでしょう。芝は手が掛かると敬遠されますが、ゴルフ場は良く手入れされています。

また公園に金をつぎ込むより、矢坂山を自然公園とした方が市民は喜ぶのではないでしょうか。

矢坂山の春をyou tubeに投稿しましたが、最新版ではありませんでした。

Nさん 公園、施設は難しいですね。岡山ドームもうまく活用されているとは言い難く、スケートボード場は閑古鳥がないているようです。
それこそ手はかかりますが、逍遥できる植物公園というのはどうでしょうか。

A すでに新聞紙上に載たより変わらないでしょう。主としてサカー場を撤去して公園に反対している人はいることです。スケートボード場は、山田公園に移設されました。
後援の一部に任意の団体が、作庭するスペースもあっても良いかも知れません。

Kさん  公園は利用者を多くするには、呼び物が必要になりますが、その投資、維持費に見合った利用者を確保できるかどうかの難しい問題があります。
古くなると利用者が減りますし、維持費もばかになりません。
マンション付設の公園でも、毎月1回の清掃に出てくる人が少なく苦労しています。市は業者からの提供公園なので、必要最低限の管理しかしません。 日常管理は受益者がすることになっています。

A 市民が何に困って、何を求めているのでっしょう。経済主義で、市外の人に金を落としてもらうことばかり考えていても省がありません。市民が楽しんでば羨んでくる人もいるでしょう。
ガボチャンによると市民が公園管理、山の清掃、ボランティアは考えられないそうです。毎月1回は多いですね。年2回でっす。

Mさん コペンハーゲンにある本物のチボリ公園のように市民の憩いの場として定着できるような公園がいいですね。誰が最初にチボリ公園誘致を提案したのかは知りませんが、本場のチボリ公園なら私は大賛成したでしょうね。倉敷のチボリ公園はデズニーの真似事で本場のチボリとは似ても似つかぬ営業用の薄っぺらなテーマパークでした、本来市民の都市公園のはずのチボリ公園を独立採算にするためにテーマパークにしたのが大間違いですね。後楽園程度の維持管理のための入園料なら負担が少なく市民が気軽に利用できる、しかもきれいに整備された公園ができるはずです、それが本来のチボリ公園なのです。総合グラウンドや地域の公園のような無料の公園では綺麗な整備が続けられません、ある程度の応益者負担をかけてもいいから日本のほかの都市には見られないような質の高い、100年、200年楽しみ続けられるような公園つくりをしてもらいたいものです。市長はもう一度本場コペンハーゲンのチボリ公園をとくと見てこられるといいのでは?

A チボリはノーベル賞を目指す人が訪れ持ち上げています。
都市公園の典型ですが、皆市民が楽しいんでいるのが素晴らしいですね。物まねは、なかなか実現しませんね。
日本人にはそこまで余裕がないようです。
矢坂山を自然公園とた方が金もかからず楽しめるでしょう。
線路側に出店、イベント、店舗を立って残りは全面芝生で良いのではないでしょうか。

A 決定に困ったら原点に返るのが良い回答が得れれる場合が多いです。
最近行ったことがありませんが、日比谷公園は本田静六が明治初期に作りました。音楽堂が片隅にあるのみっだたと記憶します。本田静六は恩師の1人の祖父でした。勤倹貯蓄を処世訓として人生訓が出ています。
岡山ドーム以外は芝生でも良いのですが、北長瀬駅とドームの線路沿いのセンターに屋外音楽堂を配置し、その両側手にテナントなど配置しては如何でしょうか。

御南小学校の舟遊山

2012年11月5日

新聞にも報道されたように御南小の舟遊山を撮影しましいた。舟遊山は記者にも分からなかったようで、船遊山と書いて山に船で遊びに行く事のようで、墨田川の川船を思い描くのではないでしょうか。小学校のころ4月3日のお雛祭りの日、矢坂山へ弁当を持って上がり、北長瀬へ帰ると大人たちが舟に乗せてくれ、大川に出て桜田樋門まで行った思い出があります。舟遊山は仏教用語とかで、元々車がなかった時代に桜見などに船で行くことを指していたのではなかろうか。まさに水路が張り巡らされた光景でしょう。

笹が瀬川の東には川船を見かけることは無くなりました。対岸の久米地区は、水辺を親しむ会が、川船を集め町内の子供たちを乗せていました。季節の風物詩でもありました。今回御南小学生3年154人を乗せるとのことでした。舟5艘と漕ぎ手11名と、記者2名、テレビカメラ1台、先生方と賑やかなことになりました。校門ら児童が列を作って出てきて、順次乗船して竿で引っ張って出発です。慣れたものです。橋の下を潜るのが大騒ぎです。頭をブツケルこともなく無事通過しました。しばらく行くと昔の河内があり、荷物、米俵、人が乗る光景が浮かびます。すでに沈没している川船もありました。蟹八幡神社のそばを過ぎ引き返しました。この神社の逸話には矢坂山の鬼がいたなど面白い話があります。

先生とか記者も体験に乗船し川面すれすれに上を見上げる体感は如何でしたでしょうか。