4月 2012 のアーカイブ

タガラシ?

2012年4月29日

3人で矢坂山をハイキングした時、鯉が池から降りてくる際、黄色なちっちゃな花を見つけました。今日になって写真を確認したところ黄色で5枚の花弁は、5種類ぐらいあり、よく見ると先日溝に生えていた「タガラシ」ではないかと思っています。生えているところによって印象が全く違うものです。 少しさらに下ったところに日本古来のタンポポが生えていました。この辺りではスミレを含め里の花が多いようです。 尾根には希少種のミヤマウズラが見られるそうです。

 

矢坂山ハイキング

2012年4月29日

中学校の同級生Tさんのお誘いで、大野小学校の裏の矢坂山を昨日、散策した。 案内はTさん、同級生数人に声を掛けたが皆忙しく、参加は大さんと私。 北長瀬駅北口の集合を15分遅らせてもらい、徒歩でなく、電車でなくバスで出かける。 「北長瀬駅」行のバス、前から一度乗ってみたかったので良い機会と時間をずらせていただいた。このバス、私たちの時代の小学校区をぐるりと大回りをして駅に着く。学区内で通過しない町内は1ケ所もない。それでも所要時間は30分弱。 Tさんの車で登り口まで行く。日頃山はもちろんウォーキングもしない私は、皆に迷惑をかけるのではと少し心配。でもすぐそこに山頂が見えている。 「ツツジは早く散ってしまったので、新緑を楽しんで」とTさん。 Tさんはこの地元の里山を多くの人々がハイキングコースとして楽しみ、郷土史も学んでほしいと、コースの整備に汗を流され、市にも助成を積極的に呼びかけておられる。 登り口も何か所もある。地図も用意してくださっていた。 私たちは北西からのコース。切り出した石の残骸があちこちに見られる。しばらく登るとTさん命名のヤマザクラ「鯉恋桜」の大木、その横をぬけると「鯉ケ池」今は水量は少ない。新緑が水面に映える。池の水は農業用水として流しているとのこと。 池を回りながら少しづつ登る。足元ばかり見て登っているうちに、視界が開けた。富山城の二の丸跡。Tさんたちが建てた案内板もある。ここが一番高いところ。 東と南の市街地が見渡せる。いい天気で良く見える。児島湾、児島湖もきれいに見える。金甲山も常山も。新幹線も山陽線も周りの家々もまるでジオラマのようである。 私たちはこんなに狭いところに棲んでいたのかとさえ思った。 1000年前、この山は島で、南の方はすべて海だったと聞く。 本丸跡にまわる。今度は北側が見える。 富山城を築いた、富山氏は岡山城を築いた宇喜多氏と戦い、敗れこの城を追われたという。りっぱな城址である。歴史に弱い私は、戦国時代の横のつながり等よくわからない。Tさんにいろいろお教え頂く。 新緑の中を下山する。カモも見えた。何かわからないが鳥の声もきくことができた。アゲハチョウもモンシロチョウもアブもハチも飛んでいた。 いいお天気で少々暑かったが快適で勉強もできたハイキングであった。心配したご迷惑もかけないですんだ。 有意義な3時間であった。 この次は桜の季節にとお願いして、近くの「大安寺」を見せて頂き帰路についた。 Tさんありがとうございました。どうぞ、整備等がんばってください。

「野崎のさん」より

夕方のトラブル&溝のタガラシ

2012年4月21日

下記文章の内、セリではなくタガラシ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%82%B7と云われ、毒性があるそうです。小鳥はハクセキレだそうです。

腰も多少致痛いし寝ていると長男の孫が「青パト」に迎えに来ていると1時間ほど大野学区を巡視して帰って、またウトウトしていると隣の次男の孫が「汚水が溢れていると」。

隣の駐車場のピイットから溢れホースで流していました。すぐ原因を思いつきました。ピットに汚水浄化のテストのためメッシュ網に木炭を入れていのが排水管を塞いたようです。単独浄化槽のため40ppmとなり、最近の合併浄化槽のように5ppmほどの性能が無く、下水道が付くことになっていても区画整理後とのことでそのままとなっています。排水を少しでも綺麗にして臭いも少なくなるかと木炭を入れてみていて既に数年となっていました。汚水を浄化菌が増えヘドロ化していました。効果は測定していないため分かりません。木炭表面に菌が付着して長続きし無いとも言われています。

ともあれ一件落着して、露天風風呂に浸かって紅葉と鯉のぼりを眺めながら1枚。

昨日の続きではありませんが、家の周の溝にセリが生えています。セリは大野小学校の傍の乞食谷川に少し生えていて綺麗な水に生えるとばかり思っていました。

岡山大学の児島湖浄化の研究をされていている先生に聞くとセリも河川の浄化に役立つとか。ほっておくと枯れて葦同様に汚染につながりかねない。葦は近年土手焼とか刈り取らないため最も浄化力は強いが景観以外にも問題がある。  と云った訳で今朝セリを溝より引き上げ枝垂れ梅の根元に持って行きました。肥となり、これぞ自然循環と自画自賛です。序に溝に菖蒲など植えた浮き箱を点検しました。これも大がかりに藤田の方で試みられていますが、浄化に役立つとは云え現実は厳しいです。当初は繋いであっても大雨で流されたり、沈んだり、流れを遮ったりで悪戦苦闘でした。市久会で普及させたかったのですが山の活動に追われて忘れていました。

この後、野菜の苗植えの準備で畑を耕運機で耕すと小鳥が餌をついばみにやってきました。何と云う小鳥でしたでしょうか。

矢さ山花便り 5

2012年4月20日

相変わらず朝6時ごろより8時ごろまで矢坂山に登っていたためブログがおろそかになりました。山桜、染井吉野から始まり、今ツツジが満開となりました。山桜も多くの種類があるのに驚きました。

デジカメでの動画撮影を試みこれが結構良い作品ができました。ところが、中央部に白いハレーションが入り、数か所にごみのようなものが写っているのに気づきK店に持って行ったところセンサーに傷が入っているとことでした。買い替えを躊躇して翌日ツツジの満開の様子を撮影し、パソコンで編集もして保存しておいたのですが、エラーが出て失敗です。その前にK店で買い替えました。欲が出てデジカメとしては良いのにして再度昨朝チャレンジしました。6時半ごろ鯉が池下駐車場に着き、鯉が池を経由して富山城跡の本丸跡北端まで行き、すべり山を回って、野山遠望台、野山尾根を回って8時ごろ元の場所に戻りました。20倍ズームができ、ビデオカメラ並みの撮影ができたと喜んでいたのですが、最後の方で、鯉が池の満開の恋桜が眼下に見える野山尾根で電池切れとメモーリ-8Gオーバーとなり、続けて前のデヂカメで撮ることになりました。

さらに編集を加え秋の大野小学校のふれあいの会で披露しようかと楽しみにいています。どなたかナレーションを入れていただくと良いのですが。

山田グリーンパーク&坪井城跡

2012年4月16日

矢坂山でモトクロスないしマウテンバイク競技を会を開く面白いと考えていたところ、S氏から山田グリ-ンパークhttp://www.okayama-park.or.jp/34の新聞記事を見せて頂き早速夕方尋ねてみました。

2号バイパスの重井病院の裏で行ってみてビックリしました。産廃処理場の跡地とのことですが、多くの産廃処理場建設反対運動がこれを見ると推進派に変わるのではないでしょうか。3段になっていて桜の大木が花吹雪となっていました。広さは92,756㎡で、詳しくは写真を見てください。事務所に寄って話すと多少興味あるようで暇なとき矢坂山へ行って見るとのことでした。実現するのが夢のようです。ただし、ツツジ山道が傷むのが心配です。

帰りに裏山にある坪井城跡に寄って帰りました。亡なった伯母がいたとき案内頂いたことを思いだしました。坪井城跡5輪塔 S家老の子孫が今でも毎日花を手向けていると云われている。妹尾埼に出、名の通りこのあたりが、平安時代の妹尾庄ではないでしょうか。市で作った案内板が各所にありうらやまし限りです。

それによると  ⑥坪井城跡 坪井丘陵南斜面の要害の知名あり、坪井城跡と称される。  林道の施設のため、地形が著しく変わった。 当時は、戦国時代の終わり頃で、今では、城の遺構らしきものは残っていないが、僅かにそれらしい平地がある。 高松城水責めの時は、毛利方として後衛をつとめ、関ヶ原の戦いでは、西軍に属したため、浪人したと云われている。  岡山市・福田地区地域活性化  事業実行委員会

⑦坪井遺跡  林道を造成していた時に、弥生式土器が多数出土した。 低地部が。まだ、海であった頃、西の丘陵一帯には、相当多数の人が住んでいたようである。  海抜は、約六十メートルである。 この辺りには、竹林が多く近くには五輪の塔があり、坪井城主の墓であるといわれている。   岡山市・福田地区地域活性化  事業実行委員会

写真 山田グリ-ンパーク案内図     桜吹雪

矢坂山 花見&焼肉

2012年4月16日

平成24年4月14日(土)にツツジ鑑賞会を9時より矢坂本町 鯉ヶ池下駐車場(三本杉より)、焼肉を12時より北長瀬本町 白髭宮で行いました。集合直前まで降っていた雨が止み、絶好の花見日和となりました。  21名(内女性6名)集まり、W市会議員、吉備の中山を守る会から2名らと共に桜の舞う山道を鯉が池にたどりつくと、恋桜が咲始め、鯉桜はすでに葉桜となっていました。富山城跡へツツジの群生地は少しずつピンクが増えていました。  富山城跡二の丸跡から周辺を遠望し、本丸跡への道の周辺には種類の違う山桜が白、ピンク、大小の花を咲かせていました。吉野山桜もありました。  北の丸跡が遠望できる辺りのツツジの群生地は3割がた花が咲き、アズキニレの大木とのコントラストが素晴らしかったです。戻り道、珍しい野鳥の鳴き声がしていて名前を聞きましたが忘れました。矢坂山の野鳥を調べている方のホームページにはなっかたようなきがします。http://www.k2.dion.ne.jp/~tadatomo/sub5_yasakayamasyasin.html  すべり山の咲き始めてツツジを見て、魚見山ではツツジが谷間に少し見られ、山火事の後は無残ですが、焼け木を伐採しておくと、まずツツジが咲始め松が生えてくることが期待できます。強制的に再生、植樹すりょり自然に任すのも手でしょう。  帰りは野山の尾根のツツジの群生地通て駐車場へ戻りました。鯉が城跡あるいは野殿城跡まだ開いているツツジは少なく、鯉が池の恋桜が遠望でき奈良の吉野千本桜の景色を思い出させる光景でした。  一旦別れ、車、自転車で北長瀬本町の白髭宮に移動しました3年後の岡山総合医療センターができた暁には、北長瀬駅、大安寺中等校、西署、大野小学校、大安寺駅、太然寺、矢坂本町、矢坂大橋を循環する小型バスがあると通院患者始めこのようなとき便利と思われるところです。  12時ごろ皆集まり、炭に火を着けようとしましたが、昔の木炭で良すぎるためか中々着火しません。その間ビールを飲み始め、焼肉をしたつづみと燗をした酒を飲み始めてころ、H県会議員ら2名が飛び入り駆けつけて下しました。  満開花吹雪の下で歓談が続き15時ごろ散会しました。

矢坂山花便り 4

2012年4月14日

矢坂山も花吹雪が始まりました。 鯉が池への道は、小鳥のせえずりが賑やかでホトトギスも無き、登ってゆくと飛び立って行きます。 鯉桜は葉桜となって来ました。恋桜が咲き始めました。

ツツジは、日ごとに開いて来て、もう1週間もするとピンクに被われるでしょう。 ビデオをお見せできないのが残念です。