伯耆大山Ⅱ-3 鱒返し滝上の一枚岩渓谷


昨日の雨で船上山の千丈滝が見えるのではないかと出かけました。大山寺まで上がり、30号線は通行止で下の鳥取方面の道を走り、船上山展望台に着きました。改めて見ると2枚の屏風岩のみでなく、22枚余り山に連なっています。千丈滝は畳を流れ落ちるように遥か遠方に確認できました。『「国指定史跡 船上山行宮跡」 船上山(標高615m)は、勝田ヶ山・甲ケ山・矢筈ケ山に連なり約100万年前の古期大山火山活動で形成された山である。特に比効100m以上の屏風岩といわれる柱状節理による絶壁は四季を通して美しい。 古来より大山寺・三徳山とならび山岳仏教が栄えた地として知られ、平安時代前期に金石寺が創建された。この寺の梵鐘が国宝として福岡県早良町の西光寺に現存する。 そして、建武新政前夜の元弘3年(1333)閏2月28日に後醍醐天皇は名和長年に奉ぜじられ金石寺に入られ3日の合戦で北条勢を破り、その後、奥の院北側に仮宮が造営されたと推定し、舟上山に約80日間行在された。その後の金石寺の変 は不明である。そして、室町時代後期の享禄3年(1530)に智積寺が創建された。しかいし中世の戦乱により安土桃山時代末期には舟上山三所権現(現舟上山神社)を残して凡ての寺坊は山下に離散した。現在智積寺は以西の竹内にある。琴浦町教育委員会』

鱒返滝入口に着き、1週間前より倒木が多く、大木が道を塞いでいるところもありました。鱒返し滝展望台と千丈滝へ分岐点につき、右の千丈滝方向に道をとり、先に鳥取チャレンジ教室が目指していた一枚岩渓谷に行くことにしました。片道50分とのことでした。更に登ってゆくと、鱒返し滝展望台200m、一枚岩200m、千丈滝1100mとなっていました。

左に鱒返し滝の音と木の間から垣間見ながら行くと渓谷に降りる道を下ってゆき渓流の音が真下になったと喜んだ途端に滑って転びました。その弾みで眼鏡が無くなり探しまくったのですが見つかりません。渓流に下ると滝の下に大きな岩が何個ものプール様になっていました。子供たちは岩スベリを楽しんだことでしょう。入るとヒンヤリどころか足をつけて洗っている間もヒリヒリと寒くなってきました。どうやら鱒返し滝の流れ落ちるところで、先に行き覗き込むと遥か50m下に滝壺がありました。ほどほどに汗を流し、暫く戻り道は涼しかったです。眼鏡を落としたところに戻り、下に落ちたと思い急傾斜を舐めるように探したのですがありません。諦めて少し登りかけたころの脇を見るとあったではりませんか。反動で逆方向のしかも上に飛んだようです。反作用です。川舟で北長瀬駅北水路の水路に張り出した木を伐採したときも、積んでいた木の間に落ち片付けた後やっと出てきました。踏んづけて曲がったのをミキで直してもらい、落ち止めを付けましたが、さらにチェーンなど必要なようです。4時間余り歩くと膝が笑い出して限界のようです。降り切る寸前には雨を疑わせる冷風が吹き上がって来ました。

車で少し先にある青少年の家に寄りました。ここも立派な建物で船上山自然探索・登山コースの拠点になっているようです。65歳以上の高齢者にもこう言った施設を使わせてもらうと有難いです。少子化で開いている所は無いものでしょか。

帰路は大雨で雷となりましいた。やれやれ。

 

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