Archive for the ‘未分類’ category

「備南の歌人 原田進」

2019年5月22日

学校法人 原田学園創立者原田林一氏は國學院大學高等師範部を卒業後原田学園に奉職。その後、岡山県生石農商学校教頭として就任、校内に短歌会を発足。昭和6年備南短歌会に参加。昭和12年日支事変に応召。昭和14年中国漢口にて戦没。昭和18年遺歌集「征衣」刊行。平成30年遠藤堅三氏により「備南の歌人 原田進 追憶の詩」発刊。原田進の遺児となった長男原田英樹の語です。

〔村芝居〕熊田恰~武士道を貫いたラストサムライ~

2019年4月30日

熊田恰矩芳と玉島

  (くまたあたかのりよし1825~1868)

 幕末から明治維新へと変革の時代に、備中松山藩領(高梁・玉島)にとって忘れてはならない出来事の一つに玉島事変があります。

 慶応4年(1868)正月。冒は備中松山藩主板倉祕誣の護衛隊長として大阪城に詰めていました。

 1月3日鳥羽伏見の戦いが勃発、幕府軍は大敗し、大阪城にいた徳川慶喜、勝静らは江戸へ逃避します。恰は勝静の帰藩命令により隊士達と悪天候の中、海路玉島まで帰ってくると、朝敵となった松山藩は討伐令を受けて出陣した備前岡山藩に恭順の姿勢を示し、城の明け渡しを約束したところでした。

 恰たちが帰ってきたことにより。玉島も岡山藩兵に包囲され、今にも戦になるのではという危うい状況の中、恭順謹慎の姿勢を貫き、1月22日、隊士達の助命を嘆願し、松山藩全ての責任を一身に負い、西爽亭で恰が切腹しました。これにより玉島は戦禍から救われ、松山城の無血開城も完遂され、現在に至っています。

 玉島の人々は崇敬の念を込めて、羽黒神社境内に熊田神社を祀り、高梁でも八重垣神社境内に熊田神社を祀り、隊士達は、道源寺に祀られている。恰の墓前に好鍼と大旱呆菻を寄進しました。

宇喜多忠家について

2018年11月22日

宇喜多忠家について

光珍寺 法要

             岡山県教育庁文化財課       副参事 内池英樹

父興家が備前福岡の阿部善定のもとに匿われていたとき、善定の娘を母として生まれた。兄直家が1549年(天文18)に邑久郡砥石城浮田大和を討ち滅ぼした功により上道郡奈良部山城に移ると、岡平介の助けを得て上道郡乙子城を守る。その後、兄直家の覇業を助け数多くの戦陣を踏み、73年(天正1)直家が岡山城に入ると、西方の守りを固めるため御野郡富山城に移り、備中境を守る。78年毛利氏の播州上月城攻めに直家に代わり宇喜多勢を率いて加勢。翌年宇喜多氏が毛利氏を離れ織田信長と結ぶと、小早川隆景の率いる毛利の大軍が備前辛川へ進攻してきたが、軍略をもってこれを撃退した。 81年直家病没後は幼主秀家を助け、その後見として82年の備中高松城の役をはじめ羽柴秀吉に加勢したその多くの合戦に宇喜多勢を率いて出陣、その功により84年に秀吉の推挙を得て出羽守に叙任した。 92年の朝鮮出兵では総督秀家の後見として渡海。その後、まもなく家督を嫡子詮家に譲り、剃髪隠居して安心と称し、大坂へ移り住み、まもなく同地で没した。

岡山村田製作所ビイオトープ見学

2018年11月19日

吉井川河川敷にゴンドラが浮かび、近海塩業跡地に太陽光発電のメッカとなりつつある。長船刀剣の里も近い。
ドロ-ンで撮影が行われるほど広大な敷地だ。新幹線から見える。

ビイオトープ見学

2018年11月19日

岡山大学環境理工学部ビイオトープを見学した。お忙しいところ沖陽子(岡山県立大学副学長・・岡山大学名誉教授)案内下さった。

年一回のお祭りの日に駐車場オープン

2018年11月19日

町内の川掃除が台風のため遅れさらに農繁期となり遅れ、ホタルの住む街の講演で期待していた沖陽子県大副学長も児島湖の環境整備で多忙となった。
逆にこの日は新幹線基地を解放される日でにぎやかでった。東北のお祭りのように各種行事を1度に行うとにぎゃあたなり帰省いやしくなる。
月極と500円/日のワンコインパーキングがオープンしました。
何時でもご利用ください。
ただし、環境に配慮し協力よろしく願いします。
また、スクリーンに映像を映し、DVD、YouTube,ウェブ会議を企画中です。
また、山田方谷所縁地ツアー、千姫を大阪城から救出した坂崎出羽守の津和野、松田家所縁ツアーと企画に応じます。
また、市久ブランド品、市久塾、学園と新世紀創造と夢が膨らみます。

9/30蛍の住む街 講演会

2018年9月22日

ホタルの住む街

Boys, be ambitious like this old

開催日:平成30年9月30日 台風の為中止

会場:北長瀬公会堂

 

Ⅰ、基調講演 13時30分~14時30分

多様な生物が息づく大学キャンパス内のビオトープ

沖 陽子 (岡山県立大学副学長・岡山大学名誉教授)

要旨

岡山大学環境理工学部では,平成20年11月に学内水循環施設(ビオトープ池:誕生池)を造成しました。そして,児島湖という地域の水辺環境と学内水循環施設を活用しながら,自然環境の機能を理解し,地域・国際的な対応能力も身につけた水環境スペシャリストを目指すための「実践型水辺環境学及び演習」を2年生に開講しました。学外から講師を招き,実社会の環境問題と対策について学ぶ機会を設定すると共に,地域人の人材育成に繋がるよう配慮しています。

造成から8年間を経て誕生池周辺の生態系も落ち着いてきました。そこで,H26年度末に「学内水循環施設を活用した蛍の生息地創成プロジェクト(通称:蛍プロジェクト)」を立ち上げ,H27年度より本講義の受講生と学外・学内の関係教職員が中心となり,本プロジェクトを企画・推進しています。

蛍は水・緑・土などの自然環境を評価する指標生物です。その蛍の生息地をキャンパス内に整備し,大学に蛍が舞うことを願って学生たちは頑張りました。その結果,H29年「母の日」に実施した「ほたる祭り」で蛍が飛翔しました。今年も挑戦は続いています。

Ⅱ、グループ ミティング14時45分~16時

班に分かれ今後のあるべき姿を話し合う。

Ⅲ、まとめ 今後の活動

13時頃より「矢坂山より見た児島湖」など上映。

https://www.youtube.com/edit?ar=1&o=U&video_id=-zZzrvkcymI

定員:50席(事前申込順)

会費:大人 500円、学生以下 無料 (駐車券を発行)

 

 

現状の課題

北長瀬駅北口で降り、大安寺中等校に向かうとき、悪臭の漂う場所が季節によってある。戦後は、農業をしながら中心部に働き行く兼業が多くなる。笹ヶ瀬川、大川、近所の川泳いでいた。所が、特に大野村が岡山市に合併し、児島湖が締切られ、新幹線が開業した当時より、西川より駅地下水路となり、林原北に開けると砂地だった川にヘドロが目立つようになる。いわゆる能登川用水である。南の大野用水とは大違いを感じる。それは、光量、水量と流速と護岸が大きく変わった。全て篠ヶ瀬川に排水している。操車場の北の当地区は、農作業が夜間でもいたが、暗闇を喜ぶホタルは好まない。林原の今保工場が稼動すると排水基準の合うよう鯉泳ぐこと事をアピールした。そのころ児島湖にはホテイアオイが異常繁殖した。水深が浅く真水となった影響が大きい。矢坂大橋まで塩水、桜本樋門まで船が来ていたのが面影もない。

矢掛町宇内、久世、由加(倉敷市児島由加)、酒津、足守、龍ノ口、村田製作所などホタルの見える場所は多くなった。

※前もって質問などお届け下さい。当日沖先生に回答して頂きます。

市久会、矢坂山を語る会 事務局  坪井 章

🏣700-0961 岡山市北区北長瀬本町25-14-5

Tel 086-252-0007 携帯 080-1930-6282

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