眠れる獅子


岡山駅の日本旅行に切符の解約と旅費精算に電動自転車で出かけた。予備の電池を積み、案の定西口地下道の手前で電池交換した。自転車屋の前で手伝ってもらった。暑く店に入らせてもらい今度の選挙について世間話をした。
急な選挙となり意味不命と評判が悪い。所が、岡山いや市久の里より風を吹かせ全国に世界を安定した平和なる夢を達成する絶好のタイミングだ。
今回は、3区の平沼正二郎をトップ当選させ、全国総理大臣候補として送り出す。
政に本日だ。
老齢者となると一票を行使するより行動できない。
北長瀬本町地区は区画整理地区でありながら下水道も着かない矛盾している。今の萩原美作市長が岡山市長当時小泉より呼び出され急遽二区で出て当選したが以後現状にある。
安倍さんは丁寧に情報公開し、いつでも直接意見が言えるシステムとなっている。所が野党いうならば大任の乱以来全国が乱れたと同様、又もや天皇家を巻き込んで騒乱が起きかねない。後醍醐天皇は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけての第96代天皇にして、南朝の初代天皇(在位:文保2年2月26日(1318年3月29日) – 延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日))。ただし、以下で記述するとおり、歴史的事実としては在位途中に2度の廃位と譲位を経ている。諱は尊治(たかはる)。鎌倉幕府を倒して建武新政を実施したものの、間もなく足利尊氏の離反に遭ったために大和吉野へ入り、南朝政権(吉野朝廷)を樹立した。応仁の乱は、室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1477年)までの約11年間にわたって継続した内乱。室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏の家督争いから、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展し、室町幕府8代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国に争いが拡大した。明応2年(1493年)の明応の政変と並んで戦国時代移行の原因とされる[1]。十数年に亘る戦乱は和睦の結果、西軍が解体され収束したが、主要な戦場となった京都全域が壊滅的な被害を受けて荒廃した。
以来武家の世界より700年立つが民意とかけ離れいる、
ゴシプ政党が夜の話題を日中の国会で持ち出すやからたがいる。面白と目が向くと勘違いしている。
2院制が機能していない。1院を吉備高原に建設し交互に東京で開き岡山は日中の太陽のあがっている時とする。
人は24時間の内8時間は睡眠をとり正常な人が法律を作るよう正常に議論・決定しなければならない。電通同様国会も異常だ。
働き方改革をしなければならないのは、議員だ。
同様に公務員も夜間勤務を強要されている。なぜなら、答弁資料を強要されている。
つれづれな語りとなった。
次世代を願って1票を投じてほしい。
(続く)

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