備前軍記39


NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」第37回「城井谷の悲劇」が放送された。

馬ケ岳城では、長政の出陣を知り、官兵衛、善助、太兵衛、九郎右衛門が軍議を開いた。

一本道で待ち伏せし、包囲壊滅する作戦だろう。援軍は出せないと判断した。

長政の軍勢は袋の鼠のように追い詰められていた。小弁は長政を守るため敵兵に向かい槍で突かれ死んだ。一成のみが連れて帰った。

官兵衛は、長政に頭を冷やし、策を立てるよう命じた。

鎮坊と家臣たちは酒宴を開いていた。

馬ケ岳城に、隆景と恵瓊が応援に駆け付けた。長政の策は、城井谷の入り口に付城を築き、兵糧攻めとする。毛利の援軍により、豊前の一揆は次々と制圧され宇都宮のみとなった。、

宇都宮家は黒田の家老となり、太平台城の城代を務め、嫡男、朝房は官兵衛に、娘の鶴は光に仕える事となった。

恵瓊が秀吉に会うと、黒田が宇都宮を召し抱え和睦して事に怒っていた。長政は決断した。そして、宇都宮を一刀のもとに斬り伏せた。

☆詮家の従弟秀家について、岡山城築城400年祭資料より転載する。

豊臣家五大老宇喜多秀家の挫折と暗転

宇喜多直家の晩成の子で嫡男となった秀家は、天正10年(1582)に毛利氏攻略(高松城水攻め)に出陣してきた羽柴秀吉(後に豊臣秀吉)に幼小の時から寵遇され、天下人となった秀吉の下で57万4千石の大大名となり、秀吉の養女豪姫(前田利家の娘)と結婚しました。豊臣政権内で一族的な立場を与えられ、若年ながら文禄の役では総大将を務め、秀吉の晩年には政権の最高機関である五大老の一人に抜擢されました。大大名となった秀家は、父親譲りの石山の城が手狭になり、秀吉の指導の下で新たな居城の岡山城を、8年の歳月を掛けて慶長2年(1597)に竣工させました。

しかし、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦では西軍の主力となって敗軍の将となり、宇喜多家は滅亡しました。敗軍の将となった秀家はわずかな近習とともに伊吹山南東山麓へ敗走しました。敗走先で地元の有力者矢野家の庇護をうけて、徳川方の敗残兵の追跡と在地民の落武者狩りを免れ、人目を避けた山地に潜伏をした後に、大坂へ脱出できました。その後、西軍で唯一自力で帰還を果たして健在であった島津家を頻って、さらに薩摩国へ落延びて行きました。

島津家は鹿児島の対岸で桜島の向こう側の牛根麓の郷士平野家に預け、秀家はその山裾で隠棲の生活を3年間送った後に、島津家や正室豪姫の実家で隠された秀家の娘秀家と豪姫の子どもは二男一女という定説に対し、[歴史に隠された二人の姫がいた]とする説があります。二人の生い立ちは、関ヶ原で敗れた秀家が逃亡中に大坂か伏見で豪姫と会い、その折に双子を宿したのではとも推測されています。秀家が流刑となった際、男子二人は共に流され、豪姫は娘一人を連れて実家の加賀藩前田家に戻りました。この三人以外に前田家に引き取られたとされる二人の娘のうち、一人は「伏見宮御系譜」(大日本史料第十二編)に出てくる「おなくの方」。同系譜によると、おなくの方は「宇喜多秀家女(娘)]で、前田家の養女として伏見宮邦尚親王に嫁いでいます。

もう一人の娘「ふり」は、金沢市・善福寺の文書に記述があります。明暦2年(1656)に善福寺の住職と老女が結婚しており、文書はこの老女を「久福禄(秀家)ご息女]の[おふり様]と紹介しています。「ふり」が末期に至って、金沢藩主から与えられていた百石の知行を、前亡夫との間に設けた息子と娘に相続できるように、藩の奥向き(勝手方=藩主の私的生活)を取り仕切る女性二人に嘆願した書状があります。知行の相続を藩政公務たる公事方ではなく、勝手方の役職者に嘆願しようとしたのは、「ふり」が藩主家系の勝手方に処遇される立場の身分であったことを反映しており、金沢藩主前田利常をして「見捨不被為成」と言わしめた立場を物語っています。

出生の記録が残されていない「ふり」ですが、藩祖前田利家の四男であって、宇喜多秀家の正室豪姫の弟である利常が、身内の二人(姪)と認識していたことの現れと理解すべきでしょう。

Explore posts in the same categories: 未分類

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。