水路掃除5.水門管理


猛暑で1日中室内でクラーをきかして、11月のふれあいの会の昔話を作ったり、ビデオ編集の修正で過ごしたため、夕方町内の散歩をしました。この日は田に水を張る日で水路も満水状態でした。すると樋門で水門上げている所に出くわしました。今年は6月20日に田植え用の水揚げにかっていました。それ以前にポンプを使って水かきして準備に入っている田圃が多いです。5.10日ごとに樋門を開け閉めして水位を調節します。これが9月25日まで続きます。特に7月29日17時から8月4日17時まで土用干しとなっていました。これは平成25年度田植え用水日割り表から写しました。これに洪水警報などが出ると樋門の操作に出かけるそうです。
ハンドルを回して堰を上げ下手に流し水位を下げます。5分程度かかるとのことで少しハンドルを回させてもらいました。軽く回りますが、暑い中大変です。昔は、大きな板で厚い板で堰き止めていたため重労働で泣かされていたそうです。この碑門は、西川用水で北長瀬駅北水路を通って南に流れて行きます。水不足の年、地域によっては田越えの水と云い順番に上より水を張って行きます。務めをしていてもその日は、田圃に水が入ったことを確認して出勤してきます。笹ケ瀬川超えた所では、江戸時代尾上などで水争いが頻繁に起こっていたため、座主川用水をサイホンで笹ケ瀬川の下を潜らせ流すようにしました。
 町内には3人樋門を管理している人がいて、もう1人は、新幹線傍の能登川用水からの樋門の管理です。そして、そう管理の人は土木・水利委員で笹ヶ瀬川への大きな2カ所の樋門の操作・管理しています。この樋門はボタン一つで操作出来るようにないなっています。白石鉄橋の傍の樋門は新たに新設されたもので、雨水下水を児島湖までパイプで流すのでなく、ここで笹ヶ瀬川に放流する機能ももっています。もちろん大量のごみを取り除くようになっています。さらに、大雨の時監視する小屋も付属しています。子供の頃は、台風などあると決壊すると村中の人が出かけていました。江戸時代から岡山城下が洪水とならないよう笹ヶ瀬川の西の土手を低くする構造となっているため差別としてシコリが残っています。現に久米では、昨年も炊き出しをして土嚢を積んで越流を防ぎました。笹ヶ瀬川は県が管理する2級河川のため10年に1度は決壊してもおかしくない構造設計とか。それでも決壊したことが無く、旭川の岡山場付近が決壊して笹ヶ瀬川を越流したなど皮肉な歴史があります。
 写真 襟を正して写させてくださいました。
     上げる前 下が開けられないと流れがないP1070433

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