万成山散策


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笑岩、怒岩(古岩竜王)

笑岩、怒岩(古岩竜王)

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妙見山神社

妙見山神社

出かけようと庭に出ると十数羽の鳥が飛び交い囀りが騒がしかった。足音がするとすぐ逃げる。柿木、高野槇などの枝を百舌鳥、鳩、その他色々。

矢坂東町の法照寺横に車を止め、岡山市貯水場のチェーンの直ぐの所を右に入ると土肥経平一族の墓地がありました。土肥経平は備前軍記など書いています。土肥家は鎌倉御用人を祖とするといわれ、池田家の代々番頭役を世襲していたが、明和元年(1764年)に蟄居を命じられ子に相続しこの地に竹裡館(ちくりんかん)を建て隠居しました。改めて吉備群書集成第三巻「備前軍記」を紐解くと五巻に戦国時代一六〇年間の戦記を克明に記しています。また付録には黒田官兵衛にも簡単に触れていました。

貯水池のゲートを抜け右に上ると山土が露出した所があり、それを突き進み少し行くと「古岩竜王」に着きました。笑い岩と怒り岩があり、神社があったようです。一反程度の広場になっていますが、「天籟の広場」の案内板の意味は分かりません。

鉄塔まで戻り、万成山の山頂の北向八幡宮があったと云われる「カエル岩」に向かいました。ここから旭ヶ丘病院上の「北向観音」、と行っても岩に刻んであるだけです、まで行き、戻り道を左に降り(カエル岩を降りた所)る、と乳岩がありました。巨岩に日蓮宗のお題目が刻んでありましたが、なぜ乳岩と云われるのか判りませんでした。

古岩竜王に戻り、「かわず岩」に降り、この道を辿ると関西高校に降りるところ右手に辿ると西崎の妙見山神社に降りてきました。

昨年歴研が探訪会で案内してもらったコースですが、疲れて見なかった所もあり散策して見ました。万成稲荷神社の磐座は分かりませんでした。

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