伯耆大山Ⅱ-1 神庭の滝


真庭市の神庭の滝を経由して、大山を目指しました。足守辺りで小雨が降り出しました。粟井温泉横を通り、吉備高原を過ぎ、加茂川に入ると交差点に2つの大きな「かたやま亭」の提灯が目に付きました。10時頃でした。茶坊 きまぐれ弁当 850円、きまぐれ弁当 1100円、コーヒー350円となっていました。門入り、両側手の庭を見せていただき、玄関には大きな屏風の6面に山河名水が描かれていました。百畳屋敷とも呼ばれた旧家で長屋門、酒蔵などをもつ、広大な屋敷でしたが 道路改良工事などで、今は母屋を残すのみとなっています。

少し行くと円城の道の駅があり、豆腐、もやし、山菜おこわ、さば寿司、茸など買いました。

勝山に入り道に迷い町並み保存街路の奥に赤い鳥居とさるすべりの赤い花の大木が目に付きました。玉雲宮 化生寺でした。その他、安養寺、妙円寺など5のお寺が並んでいました。又、お盆前のお参りが多く見かけました。文塚には、勝山の俳人景山青千は大阪の松本淡々に師事したが、云々。と書いてありましたがまったく知りません。三浦氏は備中に大きな勢力を持っていたが、落城した時その奥さんの「お福」を宇喜田直家が見初め、秀家を生み、直家の没後、豊臣秀吉の加護を受け、お福は奥に入りました。また、三浦家の姫は、常山合戦のおいて城主を亡無しても城を守るため女子軍団を作り毛利と戦ったと語られています。「梟の妻 お福」?。

神庭の滝自然公園は、周り100haが指定さていて、後ろの山(1030m)を水源とし高さ110m、幅20mの全国まれに見る豪壮絢爛な名爆と記してありました。駐車場より入り口まで300m、滝まで500mです。脇に流れの音、落ち岩を削る流れを見ながら舗装された道を上って行くとサルが夫婦、親子で毛の虫を取り、乳を飲ますなど戯れていました。200匹いるそうで少子化の心配はないようです。滝の袂でさば寿司食べるつもりでしたが、車に置いて来て良かったです。デジカメを向けただけで牙をむくサルもいました。大部分は、逃げようとしますが。入り口で300円払い、少し行くと、苔むした岩から素麺か、簾のように流れ落ちる「玉簾の滝」がありました。滝の下の橋につくと、落石によりこれより奥立ち入禁止となっていました。早急に滝壺まで行けると楽しみが倍増します。見上げると振り被るような頭上より流れ落ちていました。2~3筋が岩からの水流が、お互いぶつかり合い、岩に砕かれ、水飛沫が飛び、霧となり、モミジの影に消え、最後のまとまって流れ落ちる姿は圧巻です。帰り道、ポコポコと小さな包みを打つような流れがありました。不思議な音色です。

鹿田(旧備中街道、大山道が交差する要衝の地で江戸時代は天領で代官所の置­かれた所)おどりの幟を見、どんなものかと興味を持ちながら、新庄の凱旋桜の横を抜け、44曲峠トンネルを過ぎ、日野市の又金持神社横を、そして溝口で肉を仕込みました。

別荘下の市場で、週末で豆腐屋が出店を出していてそこで絹あげを100円で買いました。中で地ビールのバイツェンを買い、それと山菜おこわで夕食としました。

 

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