矢坂山間伐


 1月6日に砂田氏、岸氏と3人で鯉ヶ池付近および富山城跡の山道の間伐を行いました。鯉ヶ池の広場からの眺望を邪魔している木を切ったり、鯉恋桜の背景を邪魔している木を伐採しました。鯉ヶ池を作るため谷に堤防を杵築さらに広場を設けたようです。そのため、広場の南の山の裾野を削り土砂崩れを防ぐ石垣を設け、広場を築くためにも石垣かありました。大きな自然石を積み上げていることより松田、宇喜多時代のものかもしれません。農業用水としては「大成池」と呼ばれ富山城の水の手としての少しさらに下ったところにある井戸まで水路がつながっています。城のとって水の手は重要な施設のはずでどうおように防御していたのか興味があります。

 富山城跡山道に多くの山桜の大木があることが分かり、日照を邪魔している木や手前の木を切ることによってどこに桜があるのか判らなかったのが見通しがよくなり4月の桜のシーズンが楽しみです。また、ツツジの日照を妨害している木やツツジと交錯している常緑樹を伐採することによってこれも4月中旬より楽しみです。

 

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