「鹿田荘」シンポジウム


「鹿田荘」シンポジウム

 1月10日岡山大学50周年記念館で「鹿田荘」シンポジウムがありました。100名以上の満席でした。鹿田荘は藤原家の全国4箇所荘の一つで平安時代あら鎌倉時代に栄えていました。岡山平野は大化の改新の南北の条里制の区割りですが、鹿田荘は少し東に傾いた条理をとっていて藤原家の荘園範囲を推定するのに役立つそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一つ興味があったことは、岡山平野の平安時代の河川のイメージ図で鹿田荘を主体に書かれたものですが、京山、矢坂山の南に笹が瀬川と旭川につながる川が描かれていて、鎌倉時代には無くなっています。大安寺の庄の南の堤防沿い川ないし海のなごりか、観音寺用水の流れか確認してみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  参考までに、中世末と奈良時代のの岡山平野の海岸線を調べた植松氏の図を載せておきます。

Explore posts in the same categories: 歴史

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。