初夢プラン 大伴遊歩道


初夢プラン 大伴遊歩道
 大川の痕跡は消滅していたとばかり思っていました。間野さんによると大安寺高校の東側に残っているとのことで、その場所は大川は埋め立てられたにもかかわらず、小学校このころ水辺を通ったあぜ道が残っていました。冬には氷が張り、川と田圃のみの風の吹き付ける道を一人ぼっちで遅れまいと学校へ行っていた頃を思い出します。
 後に分かったことですが、この東は字大伴と記録され、大伴家持は万葉集の歌人で、大化の改新の頃、岡大に南の伊福辺りに条理制をしいたとされる丹比真人と縁戚にあり、吉備に舟で訪れる際、中国の長江の風景と重ねて詩を読んだかもしれない大野ヶ原の情景が思い描かれます。万葉集の草花http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/flower/home.html
 区画整理で6メートル道路で整備するのも効率的ですが、万葉の時代を思い描きその時代の草葉花、水辺植物を植え、せせらぎを楽しむ遊歩道を整備するのも一興ではないでしょうか。水辺の整備の仕方によっては、水の浄化にも役立つでしょう。せせらぎを回復する、もしくはそれを堰、敷石により酸素が供給され死の川より生き物の生息する川に蘇ります。
 住居の角地に樹木を植えることにより素晴らしい住環境になるでしょう。その土地については地区条例により近隣住宅の負担としてはいかがでしょうか。
 
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